樹木希林の死に想う。死ぬことの潔さについて

人の話
写真引用:宝島社

写真引用:宝島社

宝島社の広告に樹木希林さんが起用されたのはほんの少し前だ。

「死ぬときぐらい好きにさせてよ」と衝撃的なコピーと共に、「死」を連想させるような写真が大変に印象的だった。

そんな樹木希林さんが去る9月15日に亡くなった。最後まで役者として映画に出続け、死ぬ間際の潔さは正直言って本当にかっこいいと感銘を受けた。

あまり人の死にどうこういいたくはないのだが、自分の「今」とあまりにも重なり、これを文書にせずにいられない自分がいる。

今回はかなり重たい内容。また、個人的な意見もふんだんに盛り込まれている。と、ここまで読んでいたたまれない人はどうかブラウザバックなりしてほしい。

「死について」本当に正面から考える

死ぬこととは生きること。死ぬ間際に自分自身が「あ~面白かった!!俺の人生!」と言って死にたい。

この意見が本当に当たり前なのかは知らない。

僕は死ぬ間際にそれを言って死にたいのだ。

だから書くことに戻って、誰の批判も、反応も少しばかり楽しんでモノを書いている。

ライターという仕事の良さは「人に何かを伝える事」が前提で、伝わりやすく、伝えやすく書くことが最も褒められる仕事なのだ。

そのため世のため人のために、しっかりと取材に行ってしっかりと事実を伝えたいと心がけている。

では樹木希林さんのような表現者はどうなのだろう?

最後まで自分、死ぬ間際の潔さはおそらく最もきれいなのではないだろうか?

「死について」なんて考えてみたが、実は全然結論が出ない。

でももし自分が明日死ぬのなら、今、この瞬間を強く輝くように生きたいのだ。

とどのつまり、自分のやりたい事を100%やりきりたいのである。

実父のことについて考察

樹木希林さんの亡くなった報を受けた9月15日、実は私の実父がその3日前にはしごから転落し、頭を打ち、意識不明で一時危篤とまでなっていた。

「意識不明の重体、大変危険な状況です」と医者から宣告された時に、とっさに冷静になれたのは不思議でしょうがなかった。

正直な所、父は自分のやりたいことを100%やりきった人ではないと思う。

家族に遠慮して、ストレスを貯め、孫に遠慮してストレスを貯め、自分のやれる範囲でやって結果、はしごから落ちるという結末を迎えてしまっている。

頭を打ち意識不明の重体。例えば回復したとしても体の何処かに麻痺や不自由が残る。

自分の意図しないところで不慮の事故に合い、体が自由に動かなくなる。

恐らく、だけど父は死に方を自由に選択できないんだと、痛感した。

死ぬことさえ自由にならない。これは非常に不幸なのか?とも思う。

如何にして生きるのか?また死ぬのか?

昨年、ベストセラーになった漫画で「僕たちはどう生きるか?」があった。

最後まで問いかけの連続で、実は禅問答のような漫画なのだが、

今なら全くもって思うことが一つある「この先自分はどう生きるのか?」である。

その先に「死」を迎えるとして、死ぬまでにどう生きるのだろうか?

また、どんな人に会って、どんな人と別れ、どんな人に師事し、師事されるのだろうか?

齢40を少し超えたところで、そんなふうに思うのだ。

人生を折り返して少し過ぎ、自分の子供達が自分の背中を見るようになって、「これでは少し情けない」とも思うのだ。

そして如何に死ぬのか?

自分自身が死ぬことくらい自由に、樹木希林さんの死に方が最も良いと思うのだ。

でもそれでも、なんだか考えているうちに抜け出せない思考の波に襲われているのだ。

あなたはどう生きるか?

少なからずここまで読んでいただいた方に、

そこを少し考えてもらえたらな…とそんな思いで筆を執った次第。

結局生きてるうちに答は出ないのだろうなと。死ぬ間際に満足か不満足かわかるんだろうな~。

でもなるべく、満足して死にたのである。

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